我孫子市

我孫子香取神社 / 千葉県我孫子市

沿革・概要

我孫子市緑に鎮座する我孫子香取神社。鎮座する地区から緑香取神社と呼ばれることもある。将軍吉宗のころの享保年代(1716~)より経津主命を奉斎。水戸道中(水戸街道)の我孫子宿だったことから、我孫子宿の鎮守として地域の人々はもちろん、街道を通る旅人たちの崇敬を受けてきた。その後、我孫子地区に祀られていた旧天子社山の天子社他四社を合祀、村社として崇敬されてきました。明治四十五年五月十八日、神明社、三宝荒神、北星社、など12社を合祀。近年では昭和五十八年に社殿が改築され、境内が整備されました。
平成27年4月より地元の鎮守を見直そうということから、ボランティアグループ オキクルミによる朝市「香取さまで会いましょう」が4月~7月、9月~12月の第一土曜日に開催されている。
白山の八坂神社は、香取神社の属社という関係性から夏祭りは八坂神社と合同で行っている。現在の本務社は、柴崎神社です。
我孫子香取神社へは、我孫子駅南口を出た後、国道356号線を渡り、東へ約150メートルほど進む。緑郵便局の手前を右折し、50メートルほど進むと境内裏手に出る。

神社情報

我孫子香取神社(あびこかとりじんじゃ)
別名:緑香取神社

御祭神:経津主命
社格等:村社
例大祭:11月3日
鎮座地:千葉県我孫子市緑1-6-8
最寄駅:我孫子駅(JR常磐線・JR成田線)
公式サイト:―

御由緒

我孫子香取神社は将軍吉宗の頃、享保年代(1716~)にこの地に奉斎されましたが、当時の詳細は不明です。天明8年(1788)の「我孫子村村差出明細帳」及び文化6年(1809)の同村「村方明細書上帳」には、当村の「鎮守七ヶ所」とあって、当社はその中の一社であったと考えられています。それが天保9年(1838)の「村差出書上帳」には「当村鎮守、香取大明神壱ヶ所」と記されていて、従来の各所鎮守七カ所のうちで、香取神社が全村の鎮守となったことが分ります。

旧社殿は、文政10年(1827)の我孫子宿の大火で類焼、天保年代に復興しました。この時、天子山旧在の天子社他四社を合祀、氏子の組織も拡大強化されるに至ったと考えられます。

明治の「神社明細帳」には「我孫子宿字宮脇、村社香取神社」と記され、「社殿間口壱間 奥行壱間三尺 拝殿間口四間三尺 奥行四間」とありますが、ここに「社殿」とあるのは天保年代に復興した一間社流造の本殿のことで、今は神社殿の内部に旧来の姿のまま納められています。

明治36年7月21日の夜のこと。当社で火災があり、拝殿が焼失しました。そこで拝殿の再建が企てられたが、時あたかも明治38年の合祀令があったので、明治40年に三宝荒神以下十三社を当社に合併することとなり、41年に「拝殿間口参間壱尺 奥行弐間半」が再建され、その後方に旧来の流造本殿を拝するという社殿構成となりました。

そしてこの時、天保年代造立の石造明神鳥居の柱に「明治四拾年五月拾八日合併、天子社、三宝荒神、稲荷神社、天神社、第六天社、北星社、道陸神、神明社、鷲神社、住吉社、厳島神社、白山神社」と合祀した十二社の名が追刻されました。
※十三社を合併する予定が十二社になったのは、白山の八坂神社が香取神社の属社という関係性から合祀せず残された。

境内の道陸神の社殿は、この合祀にあたって旧在地から移されてきたもので、寛政7年(1795)の石祠が納められています。社殿は明治18年に造立された木造の流造社殿で、石の基壇に「女人講中」「増尾村大工、山ノ辺熊造」「布佐駅、石工繁吉」とあります。

現社殿は、権現造、銅板葺、鉄筋コンクリートの新建築で、昭和56年に造営費7,575万円をもって新築されました。
拝殿は、切妻造、向拝付で、正面540cm、側450cm、渡殿は拝殿より一段高くなり、本殿部分は流造で棟に千木と勝男木を置きます。その部分は、天保年代に再建された旧来の本殿をそのまま納めるように、棟の高い建物に造られています。境内地は、もと手賀沼に臨む台地の端で、今も鳥居の前の道は窪地に下る急坂となっています。境内のケヤキの大木は、大正12年に苗木を50本植栽したのが成育したものです。

「我孫子市史 民俗・文化財編」より

 

神事・祭事

1月1日/元旦祭
2月3日/節分
7月17、18日/夏祭り(現在は、第3土・日曜日に開催)
11月3日/例祭
12月31日/年越祭




参拝情報

参拝日:平成29年6月3日
平成29年12月3日
平成29年12月16日

御朱印

我孫子香取神社の御朱印は初穂料は300円。
普段、社務所は無人ですが、4月~7月、9月~12月の第一土曜日に開催される朝市「香取さまで会いましょう」、および正月三が日のみいただくことが出来ます。時間は4月~7月、9月~12月は9時~14時。正月三が日は9時~15時。
我孫子市在住の書家・河村詩夕氏による浄書がなされ、同じく​同市在住の彫刻家・内山春雄氏が製作した朱印が捺されている。なお、正月三が日は通常と異なる朱印が捺される。

 

正月限定御朱印

我孫子香取神社では、正月三が日限定で御祭神である経津主命をデザインした御朱印がいただける。初穂料300円です。書家・河村詩夕氏による浄書がなされ、同じく​同市在住の彫刻家・内山春雄氏が製作した朱印。

歴史考察

享保年代の創建・手賀沼を望む高台に鎮座

我孫子香取神社は享保年代(1716年~1735年)、将軍徳川吉宗の時代に創建されたといわれている。昭和56年(1981)建立の「香取神社改築御造営記念碑」には、将軍吉宗の頃から経津主命を奉斎と書いてある。
境内地は手賀沼を望む高台の端にあたり、かつて神社の前は窪地であり、手賀沼がこの当たりまで入り込んでおり、入江のようになっていたといわれる。今でも鳥居の前の道は手賀沼に向かって急坂になっています。

 

東葛地区に多い香取信仰

我孫子香取神社が鎮座する我孫子市を含む東葛地域は香取社が非常に多い。下総国一宮の香取神宮の分霊を迎えたものであるが、香取神宮の鎮座する香取市と千葉市を線で結んだ千葉県北西部が全体の95%ほどと東葛地域に密集している。

歴史的にも、古代の関東東部には、現在の霞ヶ浦(西浦・北浦)・印旛沼・手賀沼を含む一帯に「香取海(かとりのうみ)」という内海が広がっており、地勢学的にも関係は深い。二十一年に一度の神宮造営の費用や資料は下総一円に課されており、中世の資料では現柏市高田付近に勢力を張った匝瑳勘解由が手賀沼、香取海を通じて木材、食材を佐原まで運んだと記載されている。

東葛地域は香取社は関宿十一社、野田十八社、流山七社、柏十社、我孫子三社、沼南七社、松戸四社(合併前の市町名で記載)で、下総でも利根川と江戸川に挟まれた地域の村の鎮守・氏神として祀られている。

 

我孫子村・我孫子宿の鎮守

江戸時代中期、水戸道中の宿場町 我孫子宿は本陣・脇本陣が置かれた大規模な宿場町であった。その中にあって我孫子香取神社は天明8年(1788)の「我孫子村村差出明細帳」及び文化6年(1809)の同村「村方明細書上帳」には、我孫子村の「鎮守七ヶ所」との記載があり、その中の一社であったと考えられている。天保9年(1838)の「村差出書上帳」では、「当村鎮守、香取大明神壱ヶ所」と記されていて、従来の各所鎮守七カ所のうちで、我孫子香取神社が全村の鎮守となったことが分かる。

 

我孫子宿における三度の大火

我孫子香取神社のある我孫子宿では江戸時代に三度、大火が発生している。享保の大火、四年後に文化(文化二年)の大火、三度目が前回の大火から二十二年後、文政(文政十年)の大火である。特に、文政の大火では我孫子村百十四軒のうち三十五軒と宮二ヶ所を焼失されたとの記録がある。この宮二ヶ所のうち一ヶ所が我孫子香取神社である。この大火により社殿は類焼し、天保年間に、一間社流造の本殿を含む社殿が復興した。同時に、天子山旧在の天子社他四社を合祀した。なお、石造明神鳥居には天保九年(1838)の刻銘があることから、本殿再建はこの年と推察される。

 

明治四十年の十三社合祀

明治期になると、明治元年の神仏分離令、明治五年の「府県郷村社区別調」が神祇省から布達され、地方各村の神社を一村一社に統合する動きがありました。さらに明治三十九年の勅令および内務省通牒により徹底が図られた。その結果、我孫子村でも集落のあちこちに散在していた小祠を村社に集めて合祀した。我孫子香取神社にも周辺の小祠が合祀された。このことは、天保年間造立の石造明神鳥居の柱に「明治四拾年五月拾八日合併、天子社、三宝荒神、稲荷神社、天神社、第六天社、北星社、道陸神、神明社、鷲神社、住吉社、厳島神社、白山神社」と合祀した十二社の名が追刻されていることからもわかる。なお、この際、天保九年(1838)の刻銘は削られ、十二社の名が追刻されている。明治四十一年には「拝殿間口参間壱尺 奥行弐間半」が再建され、その後方に旧来の流造本殿を拝するという社殿構成になった。

 

白山八坂神社との関係

明治四十年に三宝荒神以下十ニ社が合祀されたが、当初は十三社の合祀が予定されていた。合祀されなかった一社が白山八坂神社である。明治期の「神社明細帳」には、香取神社、八坂神社とも氏子170戸と記載されており、地域住民を共通の氏子として登記したことがわかる。また、香取神社の属社としていることから、氏子が共通である街道沿いの八坂神社を残したと推察される。

 

大正十二年にケヤキ50本を植栽

大正十二年にケヤキ50本を植栽したというが、現在は大部分が伐採され数本が大木として残るのみである。現在残る大木は日陰をつくり、近隣住民の憩いの場所となっている。朝は、ラジオ体操が行われており、境内の清掃が有志によって行われている。また、同年に皇孫ご誕生に当たり御守りを献上した。

 

社殿の改築

昭和五十六年、旧社殿が改築されコンクリート造りの新社殿になった。社殿は権現造、銅板葺、鉄筋コンクリート造り、拝殿は切妻造、向拝付、正面幅5.40m、 側面4.50m、 渡殿は拝殿より一段高くなり、本殿は、流造、棟に千木と勝男木を置いている。天保年代に再建された旧来の本殿は新本殿に納められている。

[我孫子香取神社旧社殿]

[ 引用:我孫子市史 民俗・文化財 ]

 

三連狛犬

我孫子香取神社の石造鳥居前には三連の岡崎型狛犬が鎮座している。いずれも現代型であるが、一番上の台座には明治29年3月、中段には平成5年10月とあるが、下段は不明である。鳥居脇、拝殿前等、境内でも別々の場所に対でいることは珍しくないが、同じ場所に三体並んでいるのも珍しい。理由は定かではないが、いくつかの小祠が合祀されたことに関係があるのだろうか。

 

急速に進む近代化と復興プロジェクト

近年、急速に宅地化が進み、マンションなどが建ち並ぶ。神社の東脇では手賀沼公園から国道356号までの道路が建設中である。近年、復興プロジェクトの一環として地元ボランティア団体オキクルミが中心となりに毎月第一土曜日に「香取さまで会いましょう」と題して朝市が開催されるようになりました。さらに、社務所を利用して各種イベントも開催されるようになりました。

 

書家浄書の御朱印

御朱印は今年の5月から始まり、毎月第一土曜日には朝市、および正月三が日のみいただける。我孫子市在住の書家・河村詩夕氏による浄書となる。オリジナルの御朱印帳も用意されており、福井県越前市(旧今立町)で手漉きの和紙を製造している長田製紙所のよるものです。

 

 

所感

旧我孫子宿の鎮守、旧我孫子村の村社として地元の人々より崇敬を集めた神社です。手賀沼を望む高台に位置しており、香取信仰とも関連が深い。水戸道中我孫子宿の側に位置しており、我孫子宿の隆盛とともに地域での重要性は増していったと推察される。合祀が繰り返されたが、村社となったことから地元からの崇敬も厚い神社であることが伺われます。境内には石祠が多数鎮座しており、合祀の名残が見える。無人社ではありますが、地元の住民の熱意もあって、復興プロジェクトがスタート。毎月第一土曜日には朝市も開催され、境内は賑わいを取り戻している。旧宿場町にはやはりこのような神社が必要であるということを感じさせる神社である。

 




境内案内

歴史を刻む石造明神鳥居

文政の大火による類焼で社殿が焼失したが、天保年間に社殿が再建された。このことは、石造明神鳥居に天保九年(1838)の刻銘があることから推察される。さらに、明治四十年の十二社合祀の追刻もされている。神社の歴史を見守ってきた鳥居である。

 

改築されコンクリート造りになった社殿

昭和五十八年、旧社殿が改築され鉄筋コンクリート造の社殿になった。権現造形式、銅板葺。旧社殿は木造瓦葺であった。

 

合祀の歴史を感じる石祠群

天保年間、明治四十年に近隣社と合祀がなされた。合祀後は石祠が境内に並べられている。それぞれの銘を見るにつれ、改めて神社の歴史を感じる。

 

木造流造社殿の道陸神

道陸神の社殿は合祀に際し、明治四十一年に旧在地から移されてきた。明治十八年造立の流造小形社殿である。殿内には寛政七年の石祠が納められている。

 

神社写真帖

[ 神社入口 ]

[ 鳥居 ]

[ 手水舎 ]

[ 社殿 ]

[ 狛犬 ]

 

[ 石祠群 ]

[ 道陸神 ]

[ 伊勢大神宮 ]

[ 天満宮 ]

[ 社号碑 ]

 

交通アクセス

◇我孫子駅(JR常磐線・JR成田線)徒歩5分

[脚注]
当ブログに掲載している情報は著者が参拝した時期の情報です。よって、最新のものではない可能性がありますので、何卒ご了解願います。
当ブログ内の古い資料画像は「今昔マップ」、「国立国会図書館デジタルコレクション」の「インターネット公開(保護期間満了)」などを使用しています。
その他、筆者所有以外に使用した資料画像がある場合は別途引用元を明示しています。



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  1. 2018年 1月 08日

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